■■■建築に生きる 第3回 小さな村の物語■■■

2023.07.07

第3回 小さな村の物語


小さな村が幸せ

BS日テレで毎週放映される紀行番組「小さな村の物語イタリア」を欠かさず見る。イタリアの小さな山岳都市や漁村での庶民の生活空間の豊かさを紹介する番組だ。
日本では町村合併を繰り返して少しでも大きな自治体にすることが地方の幸せとされ、そして街や村が限界集落となって消滅していく。
この番組の主人公は毎回、羊飼いのパウロだったり漁師のペドロだったりで、家具職人、理容師、料理人等々も常連だ。生まれた街を愛し、皆ローマやミラノなど大都市から故郷に帰ってくる。恋し結婚し大勢の孫たちに囲まれて幸せたっぷり、といった話が定番だ。
私がこの番組を楽しみに見るのは、テーマ曲であるL‘appuntamentoの原曲がブラジル産名曲であることに加え、庶民の生活の場のあまりにも建築的な素晴らしさを感じられる点にある。羊飼いパウロの自宅の食堂の映像は港区の億ションの室内よりも遥かに建築的なのだ!


便利さと豊かさ

設計打合せで利便性の追求は重要課題である。居ながらにして何でも解決する設計、溢れる収納小棚、見やすい壁に時計とカレンダー、大型冷蔵庫に壁掛けクーラー、そして巨大なカラーテレビモニターは幸福度の象徴だ。
所狭しと便利重宝な物品が詰め込まれる室内。外には空調屋外機、ゴミ箱、洗車ホース、空き瓶ケース、そして収納物置などがわずかな玄関前空間を埋め尽くす。郊外の家や農家となると敷地が増す分、さらに物品の量が増えて建物を囲み、壊れた自動車や農耕機械までもが鎮座する。
羊飼いの家を見てみよう。見ればわかる。実に建築的なのだ。家の周りに置かれる物品の絵姿色彩への配慮や、インテリア空間へのちょっとしたなデザインセンスなど、素朴な羊飼いの生活空間に学ぶところが実に多い。なのでこの番組を欠かさず見てしまうのだ。
たしかにウオッシュレットは便利だが、空間の豊かさとは別物だろう。


空間への感性

空間への感性は後天的なものであり、誕生と同時に環境から影響を受ける。良い音楽を聴かせ美しい絵画を観せる幼児教育に似て、乳児は自宅ベッドから見る天井が最初の空間体験であり自室や茶の間のインテリアから着々と空間感性を磨くのだ。
ブラジル時代、センスの良い若者の自宅に招かれるとそれを確信するのだった。彼らは生まれながらにして建築的な空間で育っている。その点、我が生い立ちを思うといささか不安だが、優れた建築家は常に身の回りの空間体験を通し感性を磨いているし、世襲建築家はその意味で「然もありなん」だ。
イタリア人は、建築家であれ羊飼いであれ、建築的な空間に生活していることをこのBS放送が毎週わかりやすい映像で伝える。番組を観るたびに建築家として我が国の生活空間、とりわけ都市空間への感性を一歩ずつ高める仕事の大切さを実感する。若い諸君も一緒にこのような価値ある仕事をしませんか!


記・南條洋雄

■第1回 建築を愛しなさい
■第2回 建築家=指揮者