■■■建築に生きる 第8回 住宅が建築の原点■■■

2023.09.15

第8回 住宅が建築の原点


住宅は弦楽四重奏

ベートーベンの代表作品は交響曲第九番だろう。フル編成の管弦楽団と四声の合唱団が奏でる「歓喜の歌」を知らない人はいない。しかし晩年は弦楽四重奏の作曲に没頭し、弦楽四重奏曲第16番作品135を完成させた5ヶ月後、1828年に世を去った。
私もヴァイオリン弾きであり弦楽四重奏が大好きだ。たった四本の弦楽器の計16本の弦の響きだけで、人生の、世界の、愛と死の全てを歌い上げることができる、それが弦楽四重奏なのだ。
城郭や庁舎、博物館、競技場など壮大な建築は人々を感動させる。そんな中で小さな住宅もまた宝石のように輝く。建築家の人生は「住宅に始まり住宅に終わる」と学んできた。
住宅設計は奥が深い。小さな空間に棲むための機能が凝縮され、日々の空間体験が棲む人の情操を司る。建築家として人生最後の仕事が住宅であって欲しい。そのために生涯修行を続け、ベートーベンの作品135のような作品を残したい。


住宅は作品か

住宅作家」という呼称がある。絵画に題名があるように「・・の家」などと題名を冠した住宅を見ると私は違和感を感じる。私人の実用品の典型である住宅は、作家の「作品」と呼べるものだろうか。
南條設計室は「住宅が建築の原点」を基本認識とする。住宅設計を学ぶ事は建築を学ぶ第一歩だ。住宅設計の素養を糧に、集合住宅へ、そしてまちづくりへと展開する。「住宅から都市デザインへ」である。
私は住宅を設計するとき「普通の家」を目標にする。棲み手にとって、普通に便利普通に快適な家が良い。そして周辺環境や街並み景観を大切にしたい。小さな家に壮大な芸術をさりげなく仕込むには、大劇場を設計するのと同じ力量が必要だ。いや、むしろ住宅の方が難易度は高いのだ。弦楽四重奏が実は大歌劇よりも熟練を必要とするように、ベートーベンが晩年に弦楽四重奏曲の名作を残したように、私は「普通の家」をつくり続ける。


住宅が街を美しくする

街は住宅でできている。建物のほぼ全ては住宅なのだ。その住宅が美しければ、その街も美しい。一軒の作品がひとり光り輝くよりも、集合としての価値が問われる。既成市街地に「普通の家」を設計する時、街並みとの融和を重んじるのはそのためなのだ。
南條設計室は戸建て分譲事業にも積極的に参加している。一軒の新築より規模も大きく景観への責任も大きいから、やり甲斐のある仕事だ。だが何故か参画する建築家は少ない。
私たちは戸建分譲地を水平型の集合住宅と捉えて計画設計する。街路や公園のデザインは集合住宅共用部のデザインと同じだ。住戸の配置計画上の工夫や、屋根や外壁の色彩や素材も、集合住宅の場合に似て都市デザイン上の重要な設計要素だ。日本中を旅するとき、車窓から見える街の景色のほとんどが戸建て住宅群だが、残念ながらその無配慮な景観に愕然とする。日本中の戸建て住宅地を美しくしたい。


記・南條洋雄

■第1回 建築を愛しなさい
■第2回 建築家=指揮者 
■第3回 小さな村の物語
■第4回 建築家という職能
■第5回 デザイン監修論
■第6回 まちづくりに参加する
■第7回 リノベーション最前線
■第9回 美しい国づくり
■第10回 美しい職場・楽しい職場
■第11回 建築家は芸術家か
■第12回 建築家も地震と戦う
■第13回 建築家は旅をする
■第14回 マンションと呼ばないで!
■第15回 建築家という生業
■第16回 建築と神事
■第17回 建築家は外交官
■第18回 正月の警鐘
■第19回 協働・自働・己働
■第20回 建築家は二兎を追う
■第21回 コンペという魔物
■第22回 ボランティア考