■■■建築に生きる 第10回 美しい職場・楽しい職場■■■

2023.10.13

第10回 美しい職場・楽しい職場


オフィスよりアトリエ

日本語の「工房」という意味と語感が好きだ。職人たちが前掛けかけて細工してる感じ。ストラディヴァリウスの工房なんて憧れてしまう。
山口文象先生が戦前おられたバウハウスからも工房の香りを感ずる。
ポルトガル語はATELIÊで最後のエにアクセントがつく。というわけで事務所を始めた1985年から英語表現でATELIER NANJOと名乗った。そのアトリエの日本語訳を「設計室」として「南條設計室」が誕生した。
「南條設計事務所」と名乗らないのにはこうした意味が込められている。事務所ではなく工房なのだ。様々な職人がそれぞれに技量を発揮し、指揮官の元にひとつの大きな作品にまとめ上げていく工房。
職人たちは皆一癖持った強者どもだ。良い結果を得るためには努力を惜しまない。技を磨く。議論をする。工房の中に居るだけでは良い職人にはなれない。遊びも仕事のうちだ。作品の出来は確実に個人の才能と努力によって決まる。それが建築だ。


生産か創造か

私が就職した70年代、日本はまだ貧しく設計事務所などは劣悪な職場環境が当たり前だった。75年にサンパウロに移り最初に痛感したのが建築家の社会的地位の高さだった。
Joaquim GuedesのアトリエもGian Carlo Gasperiniのアトリエも美しくスタイリッシュだった。
優れた空間を提供するのが建築家の職能なのだから、まず自らの空間を整える。思えば当然なことである。 南條設計室の代官山アトリエはブラジルをテーマにインテリアされている。会議室の壁にはサッカーのブラジル代表ユニホームのブルーとカナリア色を使用した。首都ブラジリアの弓型配置をヒントに壁面をカーブさせた。どれも「遊び心」だ。
数年前にアトリエの壁を所員のDIYでカラー塗装した。最近は室内緑化に取り組んでいる。私はアトリエのジャングル化を奨励している。気がつくとオフィスや店舗のインテリアデザインの仕事が増えてきた。創造の現場は美しくなければならない。


アンセスタ

良い仕事は楽しいアトリエから生まれる。ラテン人は遊びの達人だ。ブラジルの十年間でそれを実感した。
毎週金曜日の夕方のラッシュは深刻だった。一斉に都会人が別荘地や観光地に殺到する。金曜日はポルトガル語でセスタ(フェイラ)と言う。
スペインの習慣とされるシエスタ。ゆったりとした昼休みを意味するが、流石に現代日本では無理。そこでシエスタとセスタをかけて、事務所略称であるAN=アンを頭に「アンセスタ」を始めたことがある。月末金曜日だけでも早めに仕事を切り上げて、わいわいやろうじゃないか、という企画だった。
わいわい始まると裏からギターが出てくる。歌が始まる。ANバンドも結成された。いつの間にやらたこ焼き器やらお好み焼き器が出てくる。新人は決まって何か手料理を披露する習慣になっているようだ。
オフィスにあらずアトリエを。美しい職場を。楽しい職場を。が南條設計室のモットーである。


記・南條洋雄

■第1回 建築を愛しなさい
■第2回 建築家=指揮者 
■第3回 小さな村の物語
■第4回 建築家という職能
■第5回 デザイン監修論
■第6回 まちづくりに参加する
■第7回 リノベーション最前線
■第8回 住宅が建築の原点
■第9回 美しい国づくり