■■■建築に生きる 第13回 建築家は旅をする■■■ 

2023.11.24

第13回 建築家は旅をする


初めての海外旅行

私の初めての海外旅行は1965年18歳大学一年秋の東京大学管弦楽団訪欧演奏旅行であった。ドイツのテュービンゲンからオーストリアのウィーンまで10都市で演奏会という貴重な経験であったが、建築・都市の記憶は全くない。
次は1974年27歳でRIA建築総合研究所が与えてくれたアメリカ最新病院建築視察旅行であった。団長は千葉大学の伊藤誠助教授で、病院建築を勉強する旅であったのだが、自由時間は著名建築リストを片手にレンタカーで貪欲に建築巡りをした。
KODACHROMEに収められた膨大なスライドは、その後の設計場面や講演・執筆などで大活躍する貴重な財産となった。
私の建築家人生はあのアメリカ旅行で大きく影響を受けたことは間違いない。第一次石油ショックで日本経済が膠着状態であり、このアメリカ旅行が私のブラジル移住を決定づけたわけであるが、その詳細は本稿では割愛する。


今回の海外旅行

日本から最も遠い国がブラジル、フライトだけでも30時間余を要する。往復するには必ず地球上のどこかを経由する。昨年末はボストン経由、今年はなんとドバイ経由だった。
1985年に帰国すると私のブラジル詣が始まった。1976年からおそらく30回以上は行き来している。そのうち何回かは日本の建築仲間を案内するツアーで今年は最終回と宣言し、20名が参加された。
百聞は一見に如かずは本当だ。とりわけ南米は実際に体験しないと理解できない。建築・都市を物理的に観るだけではなく、生活文化歴史などにも触れてもらいたい。今回もタンゴからサンバの世界へ、さらにはアマゾンのピラニアとの出会いまで盛りだくさんな旅となった。
異文化を体験すると自分の作風も変化する。計画や設計デザインの選択肢が増える。それが楽しいから建築家は旅をする。建築家の旅は観光旅行ではない。観光スポットは避けることすらある。取材、体感、思考、着想、情報収集の旅でもある。


遊びか取材か

ショッピングモールにもよく行くが妻は買い物やグルメで喜んでくれ助かる。ロッテルダムだったか、バックヤードの仕組みが気になり非常階段を開けてその先を見に行った。取材だから当然だ。すると出口でガードマンに呼び止められた。モニターで万引き男に見られたらしい。
マナウスの劇場の内部を見学していたら、未完成交響曲が響きだした。夜のコンサートのリハーサルだった。
ハーグの美術館でフェルメールを見る妻の脇でインテリアの写真を撮る自分がいたり、キンベル美術館で階段手すりや空調吹き出し口のデザインをスケッチする自分が居る。
子供達が小さかった頃、私が街中でカメラを構えると瞬時に姿を隠すのが我が家のルールになっていた。パパの撮る写真は講義や執筆にも使用するので家族スナップ厳禁なのだ。
建築家にとって旅行は仕事であり、堂々と経費計上もできる。数えると約30数カ国を旅してきたがアフリカ大陸が未踏だ。ぜひ一見したい。


記・南條洋雄

■第1回 建築を愛しなさい
■第2回 建築家=指揮者
■第3回 小さな村の物語
■第4回 建築家という職能
■第5回 デザイン監修論
■第6回 街づくりに参加する
■第7回 リノベーション最前線
■第8回 住宅が建築の原点
■第9回 美しい国づくり
■第10回 美しい職場・楽しい職場
■第11回 建築家は芸術家か
■第12回 建築家も地震と戦う
■第14回 マンションと呼ばないで!
■第15回 建築家という生業
■第16回 建築と神事
■第17回 建築家は外交官
■第18回 正月の警鐘
■第19回 協働・自働・己働