■■■建築に生きる 第16回 建築と神事■■■

2024.01.05

第16回 建築と神事


地鎮祭

日本の設計事務所に勤務していて日本を強く意識する瞬間が地鎮祭だ。近代化で多くの伝統行事が消滅していくが地鎮祭は必須行事だ。広辞苑によれば「基礎工事に着手する前、その土地の神を祀って工事の無事を祈願する祭儀」であり、敷地で行うのが本来の姿だが、安全祈願祭として神社などで行うことも多い。
こうした神事には各組織の上席が列席し、とりわけ設計者は鍬入れの儀の最初に鎌を入れる大役を担っている。続く鍬も鋤も見応えがあり映像的に地鎮祭の頂点をなす。海外からの留学生などを連れていくと驚嘆する場面だ。
神式がほとんどだが、仏式の地鎮祭も何度か経験した。大地を浄め工事の安全を祈念する祝詞の独特な口上も不思議だし、撤饌切麻散米四方祓玉串奉奠など、様々な流儀があって毎回が興味深い。あまり深く考えることもないが、建築というどちらかというと近代的な職種にあって、地鎮祭のときには極めて和風の自分になるのが面白い。


神による秩序

地鎮祭など神事がきっかけで、建築の起源を妄想したりするから不思議だ。多くの会場が現場近くの神社であったりするから、改めて地域の歴史や気候風土などを知る機会にもなる。すると地域の伝統的な建物の多くに宗教的な位置付けがあり、市民生活日常に深く関係していることに気づく。
人類は文明起源と同時に「神」との関係で建造物を作り続けてきたことが窺い知れる。大学時代に伝統集落や古都市の空間をテーマに研究したが、空間構成の基軸には決まって宗教的な秩序、言い換えれば「神」の秩序があることを学んだ。
古代エジプト、ギリシャ、ローマ、そしてインドや中国の諸都市も等しく、神仏の居所を起点に明快な規範に基づく「計画」が行われている。
ブラジルでの10年間はスペイン・ポルトガル文化を聞き齧ったが、古今東西、西洋も東洋も、神による秩序を人間は必要としていることを肌で感じた次第である。


新年の思い

話変わるが設計事務所経営は常に不安定なもので、私の事務所も初めの数年間は波乱万丈、神にも縋る日々であった。なので事務所開設と同時に牛込高田町鎮座穴八幡宮の年末参拝を欠かしたことがない。金銀融通の御守と呼ばれる一陽来復御守を拝受するためだ。
私は理系頭脳だし宗教とも縁遠いのだが、38年間続くこの年末行事に自分でも説明がつかない。続けたから今日があると思うし、変わるのが怖く不気味で止められない。というわけで本年も大晦日に新しい御守一陽来復をもらってきた次第である。
自宅の居間と事務所の会議室の壁には、毎年新しい一陽来復御守が貼り付けられる。その前で所長の私は新年の思いを「漢字一文字」に込めて語りかけ、全所員も順番に新年の抱負を発表し合うのだ。これが南條設計室の正月行事として定着した。建築も事務所も人生も「神」に見守られ、導かれる。そして祀り上げ尊ぶために建築があるのだろうか。


記・南條洋雄

■第1回 建築を愛しなさい
■第2回 建築家=指揮者
■第3回 小さな村の物語
■第4回 建築家という職能
■第5回 デザイン監修論
■第6回 街づくりに参加する
■第7回 リノベーション最前線
■第8回 住宅が建築の原点
■第9回 美しい国づくり
■第10回 美しい職場・楽しい職場
■第11回 建築家は芸術家か
■第12回 建築家も地震と戦う
■第13回 建築家は旅をする
■第14回 マンションと呼ばないで!
■第15回 建築家という生業
■第17回 建築家は外交官
■第18回 正月の警鐘
■第19回 協働・自働・己働