■■■建築に生きる 第28回 気になる伊東屋■■■
2024.06.21
第28回 気になる伊東屋
画材屋が好き
中学の美術担当白木博也先生との出会いについては第24回スケッチ論で述べた。自宅近くの大森山王の商店街はずれの「大森画荘」という画材屋さんに通い出したのはその頃だ。
学校で学ぶ木炭デッサンやペン画の画材や1ランク上のスケッチブックなどを購入するのは喜びだった。
今から思うと画材屋の店頭の品々に魅せられるのは、建築家人生への兆しだったのかも知れない。今でも画材店に吸い込まれ、必ず「何か」を買ってしまう癖が続く。
「弘法は筆を選ばず」と学んだが、こと建築、とりわけデザインでは「筆」は大切だと信ずる。サンパウロのゲデス師匠はモンブラン万年筆を胸ポケットからとりだしスケッチした。私の鉛筆製図の上にインクで上書きするのだからたまらない。消すことができないのだから。その時決心した。私もモンブランを買う!と。独立してすぐ、香港の免税店で最高級のモンブランを買った。今も日々使っている。ただしスケッチではなく手書き親書を書くために。
レモン画翠
工学部都市工学科への進学が決まり始めての設計製図の授業で曽根幸一先生が登壇され、購入すべき製図道具リストが示された。私は夢を膨らませ、リストにある最高級機材一式を購入した。板前修行の若造が始めて包丁を買う心境だろうか。そしてそれらは今も私のデスク周りに鎮座している。
パソコンもCADもない時代、手先が器用でない輩に設計製図は地獄だったはず。ケント紙を製図版に「水張り」し、ドラフターや雲型定規を使い分けカラス口で墨を紙に「流し込む」快感。カラス口を砥石で磨き上げる技が一本の線の質を左右する。
学業成績は低空飛行を続けていた私だったが、建築家への修行を実感できる幸せな時間であり、課題提出に徹夜が常習化していった。
本郷での画材調達はお茶の水のレモン画翠へ、ついでに下村楽器に立ち寄りヴァイオリン弓の張り替えしたり、と幸福な学生時代だった。今でもお茶の水ではその二店を必ず訪問する。
世界の伊東屋
ブラジルから日本へはコーヒー土産が定番だが、逆に日本からは伊東屋の小物文具が喜ばれる。今でも出発前には必ず伊東屋でお土産に様々な文具画材を調達する。
来日する建築家仲間を私は欠かさず銀座の伊東屋に連れて行く。和紙や毛筆など本格的邦画材から、消せるボールペンまで、興味は尽きず時間と財布を忘れての買い物になる。
私自身も二子玉川SCの伊東屋には毎週のように通う。必要なものが無いのにとにかく入店する。すると必ず何か買っているから不思議だ。
私にとって創造とは、我が頭脳が腕と指に指示してなされるのであり、CADやCGに任せるわけにはいかない。だから、その環境やツールには人一倍気をつかう。良い建築創造は、まずステーショナリーを整えステッドラー色鉛筆を削ることから始まる。ペンシルにも消しゴムにもこだわりがある。そのためにも頻繁に伊東屋で装備を補填するのだ。弘法はしっかり筆を選ぶのでは?
記・南條洋雄
■第1回 建築を愛しなさい■第2回 建築家=指揮者
■第3回 小さな村の物語
■第4回 建築家という職能
■第5回 デザイン監修論
■第6回 まちづくりに参加する
■第7回 リノベーション最前線
■第8回 住宅が建築の原点
■第9回 美しい国づくり
■第10回 美しい職場・楽しい職場
■第11回 建築家は芸術家か
■第12回 建築家も地震と戦う
■第13回 建築家は旅をする
■第14回 マンションと呼ばないで!
■第15回 建築家という生業
■第16回 建築と神事
■第17回 建築家は外交官
■第18回 正月の警鐘
■第19回 協働・自働・己働
■第20回 建築家は二兎を追う
■第21回 コンペという魔物
■第22回 ボランティア考
■第23回 リゾートを建築する
■第24回 スケッチは楽しい
■第25回 音楽は楽しい
■第26回 木とのつきあい
■第27回 未知の国ブラジル