■■■建築に生きる 第37回 田園調布■■■

2024.10.25

第37回 田園調布


ガーデンシティ

1971年結婚して田園調布の集合住宅の一室を新居にした。宮脇壇さん設計の当時の若者の溜まり場VAN FANの真ん前で、そこが狭い我が家の応接間代わりだった。ミスター長島はじめ著名人の邸宅が立ち並ぶあの田園調布だ。
大学でエベネザー・ハワードの田園都市論を学んだ。都市工学科だからニュータウン計画や住宅地設計は重要科目であり、私には楽しいテーマで引き込まれていった。2001年にはロンドン郊外のニュータウンを訪れた。教材で学びマスタープランをトレースした街々だ。その代表格レッチワースは私の建築都市修行の原点だ。ハワード記念館の実物大蝋人形との対面は衝撃的だった。
アメリカのラドバーン近隣住区の手本として学んだが、なんとニュージャージ州に住む叔母の家のすぐそばにあり1974年に現地を訪問した。
「ガーデンシティ」が私の建築家の目標像だ。そして今も日本のガーデンシティに住み続け「住宅から都市デザインを」追い求めている。


田園調布あれこれ

田園調布駅の西口ロータリーの旧駅舎と噴水とが周辺散策の起点であり、田園調布憲章が刻まれている。新一万円札に登場した渋沢栄一翁がイギリスの田園都市を目指してつくった街と言われる。実業家や政治家が住みはじめ、今では芸能人やスポーツ選手など著名人が多く住む。放射状の道路と銀杏並木で知られる原型の田園調布は3丁目部分にあたる。 地区計画と憲章に護られて区画の細分化を避け良好な緑環境も維持されてはいるが、相続など様々な困難も生じているようだ。
建築家諸先輩も田園調布には力作を残されており、その作品めぐりも楽しい。私も宝来公園の近傍に個人住宅を設計する機会を得たが、設計には一段と力が入ったものだ。
地図でみると見事な放射状だが、実は起伏のある地形に強引に描いた幾何学模様なので、坂道が多く、高齢者にはきつい街なのだが、当時は富裕層が歩いたり買い物に出たりは想定無用だったのだろう。今でも商店街も飲食店も手薄な街ではある。


旧駅舎を残す知恵

東横線複々線化事業に着手した東急電鉄から、田園調布駅の地下化に伴う計画検討業務を受託した。当時はあの駅舎内で検札し脇のホームで乗車していたが、線路は消え駅舎も不要、地上はすべて広場になるという。
在住の尊敬する林泰義先輩も「あの駅舎は残せよ!」と言われ私も同感だったのだが「保存」という切り口だけでは説得しきれない。
駅の東西に高低差があるので広場には新たにエレベーターをつくるという。であれば、元の駅舎をエレベーター棟にしたらどうか。地下を公衆便所に、二階を多目的集会室にすれば、エレベーターですべてがバリアフリーに収まる。新たな別棟でつくるより旧駅舎を使えば良い。
この案が好感されたのだが、残念ながら木造では無理だった。詳細に意匠図をおこし、RC造で再現することになった。木造の模倣である点にお叱りを受けるかも知れないが、重要な機能を併せ持つ再利用で、20余年経過した今も「生きた保存」が続いている。


記・南條洋雄

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■第10回 美しい職場・楽しい職場
■第11回 建築家は芸術家か
■第12回 建築家も地震と戦う
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